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最高裁判所第三小法廷 昭和32年(オ)317号 判決

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人栗山力、同渡辺伝次郎名義、同稲垣規一、同笹原桂輔の上告理由第一点、第二点について。

地方自治法に基いて行われる特別区の長の解職(賛成投票)は同区長たる身分を失わせるものであつてこれに対し違法を理由としてその取消を求める訴は判決による解職の取消によつて解職のなかつた状態に復帰し、もつて失われた同区長たる身分の回復を図ることを目的とするものであるから、すでに同区長の任期満了によつてその身分を失つている者については、最早解職を取り消しても同区長たる身分を回復するに由ないものというべく、かかる場合においては解職の取消を求める訴は、訴訟の利益がなくなつたものとして許すべきでなくこれを却下しなければならないものであることは当裁判所大法廷判決の趣旨に照らして明らかである(昭和三〇年(オ)四三〇号同三五年三月九日言渡大法廷判決、民集一四巻三号三五五頁)。

さて、地方自治法による特別区の長の解職を請求するには選挙権を有する者(以下有権者という)の総数の三分の一以上の者の連署をもつてすることを要し、右請求者の署名簿における個々の署名の効力に異議ある者は署名簿の縦覧期間内に異議を申立て、その決定に不服ある者は法定期間内に出訴することを許される(同法八一条、七四条の二)とともに右個々の署名の効力は同法に定める争訟の提起期間及び管轄裁判所に関する規定(同法七四条の二)によつてのみこれを争うことができるのであつて(昭和二八年(オ)一一二二号同三〇年九月二二日言渡第一小法廷判決昭和二八年(オ)一四二〇号同三〇年一〇月一一日第三小法廷判決)、右争訟以外においては解職に賛成か否かの投票の効力を争う訴訟(以下賛否投票の効力訴訟という)においても、行政処分無効確認の訴訟としてもこれを争うことを許されない(同法二五五条の四参照)。けだし、右争訟以外において無制限に右署名の効力を争いその取消または当然無効確認の判決を求めうるものとすれば出訴期間及び管轄裁判所を定めた同法の精神は没却されるに至るこというまでもないからである。それゆえ、解職賛否投票が有権者総数の三分の一に足りない少数者の連署によつて行れたとして賛否投票の効力訴訟において賛否投票の違法を主張する者は、予め署名簿の署名の効力を争う訴訟(以下署名の効力訴訟という)によつて確定されていない個々の署名の無効を主張することは許さないものといわなければならない。

かような関係であるから、特別区の長の解職に関する署名簿における署名の効力を争う訴訟はその解職賛否投票の効力訴訟のためにのみ存在の意義を有するものであるとともに、特別区の長の解職(賛成投票)の取消を求める訴訟が、解職請求のための署名の総数が法定数を欠くこと(その他賛否投票開始の前提要件たる行政手続が違法であること)を理由とする場合にあつては、署名の効力訴訟の判決がどれだけの数の署名を無効としたか否かということが右賛否投票の効力訴訟の本案判決に決定的影響を及ぼす関係にあるものといえるが、賛否投票の効力訴訟が特別区の長の身分喪失によりすでに訴の利益を欠き訴の却下を免れず本案判決をなすべからざるものとされる関係となつた場合においては、その本案判決のために存在の意義を持つ署名の効力訴訟もすべてこれに伴い訴の利益を失い訴の却下を免れないものとなることは当然である。

本訴は地方自治法所定の特別区たる東京都渋谷区の長である上告人に関する解職の請求者署名簿における署名のうち原判決掲記の二万〇三三七名の署名を被上告委員会が昭和二八年三月五日有効とした決定(部分)の取消を求め且つ被上告委員会が昭和二七年一二月一七日なした同区長解職請求者署名簿の署名を証明し並びに昭和二八年三月一二日なした署名の証明を修正した処分がいずれも無効であることを確認し若しくは右各処分の取消を求めるものであるところ、原審の確定した事実は、右解職投票についてはその無効確認の訴が東京高等裁判所に係属中であるところ、上告人は昭和二六年四月中公選により渋谷特別区長に就任したものであるというのであるから、この事実によれば、上告人は昭和三〇年四月末日にはすでに当選就任の日から四年を経過し任期満了により退職しているものといわなければならないこと原判示のとおりである。してみれば、上告人の同区長たる身分がすでに任期終了により失われていることにより右東京高等裁判所に係属中の解職賛否投票の効力訴訟の利益を失つたものとして却下を免れない関係にあるものというべく、そうとすれば右東京高等裁判所に係属中の賛否投票の効力訴訟の本案判決のために存在の意義を持つ本件署名の効力訴訟において右賛否投票の前提要件たる署名簿における署名を有効とした決定(部分)及び署名の証明並びに修正の処分の無効確認又は取消を求める上告人の本訴もこれに伴い最早訴訟を維持する利益を失うに至り不適法として却下を免れないものとなつたといわなければならないこと明らかである。

前記上告代理人栗山力ほか三名の上告理由第一点(一)について。

原審の引用する最高裁判所の判例が賛否投票の効力訴訟の提起されていない場合に関するものであつて、本件の場合に直接あてはまるものでないことは、所論のとおりであるが、右判例は、有効署名数が法定数を欠くため賛否投票が無効であるということは賛否投票の効力訴訟においてのみ主張し得るのであるから、法定期間内に賛否投票の効力訴訟が提起されないことによつて賛否投票の無効を主張する途がなくなる以上、署名の効力訴訟は無意義に帰し訴の利益を失うに至る、というのであるから、賛否投票の無効を主張する途がなくなる点では、賛否投票の効力訴訟が法定期間内に提起されなかつた場合と法定期間内に提起されたが訴の利益を失つた場合とで区別すべき理由はないから、所論の点に関する原審の推及判断に違法はない。のみならず、所論の点について原審の結論の失当でないことは冒頭の説示によつて明らかである。

同(二)について。

論旨は、原審が、署名の効力訴訟の訴の利益を判断するに当つて賛否投票の効力訴訟の訴の利益にまで立ち入つて判断したことは、後者の訴訟についての東京高等裁判所の専属管轄権を侵すものである、というが、しかし、原審が署名の効力訴訟において右賛否投票の効力訴訟が訴の利益を欠くに至つたと判断したことが、直接東京高等裁判所の判断を法的に拘束し、その結果、同裁判所において後者の訴訟を訴の利益を欠くと判断せざるを得ないこととなるならば格別、そうではなく、単に、東京高等裁判所において同じ見解をとる場合には、事実上、同じ結論に到達する可能性があるというに過ぎないのであるから、これをもつて、東京高等裁判所の専属管轄権を侵すということはできない。

もつとも、原審が賛否投票の効力訴訟を訴の利益を欠くものとして却下するときは、その結果、賛否投票の効力訴訟において東京高等裁判所は、もはや、被上告選挙管理委員会の有効とした署名を無効と判断する余地はなくなり、同委員会の有効とした署名がそのまま有効であるとして本案の判断をせざるをえないこととなり、その意味で、署名の効力訴訟における判断が賛否投票の効力訴訟の判断に法的に影響を及ぼすことはすでに冒頭で説示したとおりであるが、これは、賛否投票の効力訴訟のほかに署名の効力訴訟を設けて、署名の無効はこの訴訟においてのみ主張しうることとした当然の結果であり、初めから法の予想するところであるから、右のような関係で署名の効力訴訟における判断が賛否投票の効力訴訟の判断に影響を及ぼすことをもつて、専属管轄権の侵害ということのできないことはいうまでもない。

同(三)について。

(イ)論旨前段は、賛否投票によつて回復される地位は行政機関としての区長としての地位とこれに伴う給与等請求権者としての地位とを含むものであるから、任期満了によつて前の地位は回復しえないこととなつても、後の地位の回復の可能性がある限り、賛否投票の効力訴訟の訴の利益は失われないものと解すべきであるのに、原審が行政機関としての地位の回復可能性がなくなつたということだけで、賛否投票の効力訴訟の利益が失われたとしたのは失当であるという。

けれども、解職(賛成投票)の取消によつて特別区の長たる身分の回復を求める訴においては同区長たる身分に随伴して派生する報酬請求権等を考慮して、これがため既に任期満了した者に対し同区長たる身分の回復を認めることは許されないものであることは冒頭説示に引用した当裁判所大法廷判決(昭和三〇年(オ)四三〇号同三五年三月九日言渡判決)の趣旨に照らして明らかであるから所論は採用することができない。

(ロ)所論のうち前段((イ)に述べたところ)以外の部分は、原審は、解職前の地位が現実に回復されることを訴の目的であるとし、任期満了により現実回復の可能性がなくなるから訴の利益が失われると判示したものであるとして、原判示を非難するけれども、しかし、原審は、任期満了により区長の地位を回復する法的可能性がまつたくなくなつた以上、賛否投票に関する訴訟追行の利益は失われたというのであるから、論旨は、原判決を正解せざるに出たもので採用することができない。

同第二点(一)について。

原判決の趣旨は、賛否投票の効力訴訟の判決はあくまで対世的効力を有するものとしつつ、これとは別に、民訴の中間確認の訴に類するものとして(従つて対世的効力を有しない通常の確認訴訟として)訴の利益を認める余地があるかというに、当事者の点から、このような訴訟も認める余地はない、との趣旨を附加的に判示したものと解すべきで、この判示自体には所論のような論理の矛盾そごがあるとはいえない。

同(二)、(三)について。

特別区の長たる身分の回復を求める訴においては同区長たる身分に随伴して派生する報酬請求権等を考慮して、これがため既に任期満了した者に対し同区長たる身分の回復を認めることの許されないことは、すでに第一点(三)に説示したとおりであるから、所論の原判示は判決に影響を及ぼさない。所論は採用できない。なお、(三)の(2)において、主張するところは、原審の見解を誤りとすべき決定的理由とならない。

上告代理人笹原桂輔の補充上告理由について。

俸給請求権行使、議会の議決による退職金支給の可能性を回復するためにも任期満了後にも賛否投票の効力訴訟追行の利益を認めなければならないとする所論は、前記上告代理人四名の上告理由第一点(三)に説示した理由により、採用することができない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官島保、同石坂修一の少数意見があるほか裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

裁判官石坂修一の少数意見は次の通りである。

原判決は、その言渡の時既に上告人が渋谷区長たる地位を任期満了により失つて居り、上告人より東京高等裁判所に提起した解職投票無効確認訴訟は、訴の利益を欠き不適法のものとなつたから、その訴訟の前提としてのみ法律上の意義を有する本訴も亦これを維持する利益なきことに帰するのであつて、不適法として却下すべきものである旨判断して居る。

しかしながら、上告人が渋谷区長たる地位を任期満了により失つたとしても、上告人より東京高等裁判所に提起した原判示訴訟は、ただちに訴の利益を欠き不適法となるものではない。その理由は、昭和三〇年(オ)第四三〇号決議無効並びに損害賠償請求事件につき同三五年三月九日言渡された大法廷判決中他の裁判官と共に示したわたくしの少数意見によつて明かにせられて居るから、これを引用する。(民集一四巻三号三五五頁参照)

したがつて、本訴が原判示訴訟の前提として法律上意義を有する以上、これを維持する利益があるのであつて、本訴をその利益がなく、不適法として却下すべきものであると判断した原判決は、失当として破棄すべきものである。

裁判官島保は、裁判官石坂修一の少数意見に同調する。

(裁判長裁判官 垂水克己 裁判官 島 保 裁判官 河村又介 裁判官 高橋潔 裁判官 石坂修一)

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